2007年10月5日金曜日

決断

今日1つの決断をした。

それは設計製図をとらないというもの。

理由は、将来的に設計者として生きていく事を考えていない事と、その上で、3年後期の時間を、就職活動とベンチャーのインターン、そして友人とのプロジェクトっていうのを、ファーストプライオリティーから外せなかったことだ。そこに設計製図を入れると、キャパオーバーして全てが沈没しかねないと感じた。

こうやって、今いる環境でメインの事を切るのは人生ではじめて。決断しなきゃ行けない段階に来るまで決断できなかったし、決断した瞬間、怖さがあった。ある意味、それをやっていれば、間違えはないだろうと思われるものだけに、それを切るという決断は、僕に取って大きかった。

ただ逆に、大きくなる瞬間てこういう瞬間のなのかもしれないとも感じた。Googleの方と話をする事が有って、その時に、「自分の環境としてもっとも適したものではないものに時間を注ぐのは、非合理的と感じるが、今の自分はまさにそういう状態です。それをどう思いますか」という主旨の質問をすると「それは、今の自分の環境に満足していないんじゃない?」っていう回答が返ってきた。ちょっと、止まってしまった。たしかに、環境のせいにして自分の行動の選択肢を狭めていたかもしれないと感じた事が有った。

こうして、決断したが、これがどう転ぶかは未来の自分に聞いて欲しい。きっと、良い決断をいい時期にした。と答えていると思う。そしてそうするためにも、悔いの無い時間のつかい方をして、考え抜き、行動して行きたい。

2007年10月3日水曜日

ベトナム

行ってきました。ベトナム

想像ってやっぱり想像を超えない。
百聞は一見にしかず。

身にしみて感じた。

急成長って言うのは必ずひずみが出るって言われているけど、本当にそうだった。ただここで歪みだと感じる事は今の日本を普通と考えた場合の話。その前提がおかしいと言われれば、確かにその通りだが、僕は現在はその前提でしか意見できないと言うのも1つの事実。


一番印象的で考えさせられたのは、メコン川が流れる田舎の方に行った時だった。

ツアーで行ったのだが、田舎でツアーのルートになっているところは、現地の人がもちろん商売するチャンスだから、色々売っていた。でも田舎の風景と、看板、商店の規模などはやはり違和感が多く、少し悲しさを感じた。もちろん外から人が入ってきて、逆に外の世界を知る事で、外との何らかのやり取りは始まるのだが、始まる前と後では、そのコミュニティー全体で考えてどちらが幸せだっただろうかって考えてしまう。

もうpoint of no returnであることは百も承知である。しかし、不確定で、どちらが正解か分からない(そもそも正解なんか無い)未来を考える時に、確実な過去のことを抜きには語れないと思うので、考える価値はあるだろう。

最近の人は(自分も含めて)、「それは何の役に立つの?」という考え方が多い気がする。即物的、すぐ結果が欲しいのか。でも、実際それがどう役に立つかって言うロジックをたてたところでそれは、不確定の塊である未来にゆだねられるんだ。

今回の旅では自分が前提としている事がことごとく揺らされた。

●変わらない事は考えない。
●そもそも影響を与えたいって本当?
●何かを変えたいときは、既存のルールにのって一番になって変えるべき

とか色々再思考させられることになった。


今日友人Yとも話したのだが、海外に行く事って、外を見るというよりも、いつもの自分を相対化して見に行くようなものだと実感する。普段の生活から強制的に離れて違う生活を送る事で、普段の自分と今の自分(外にいる自分)というのが、比較でき、より明確になってくる。

そして、春のアメリカ、今回のベトナム、どちらも、1つの物事を決断しようと行ったのだが、帰ってくると選択肢が増えて帰ってきている。そりゃあ違う環境に行くんだから自然な事なのだが、自分に取ってはこの感覚を大事にしたい。

選択肢が増えることは僕はいいことだと思っている。より相対化しやすくなるからだ。しかし同時にYが言う欠点としては「迷い」やすくなる、という事だ。これも認める。もちろん選択肢が多ければ多いだけ検討が必要である。しかし、その上で出した結果は、良いものになっているはずだ。と僕は信じている。

ちょっとまとまりに欠けるが、ここで一端閉じます。

2007年9月15日土曜日

第一幕終了(諸作業はこれから)

昨日先輩の建築家と渋谷で座談会。

夏休みで10件のインタビューという目標を立て、無理だと思った事もあったけど、結果的に、目標達成の10件のインタビュー+一回の座談会ということを実施できました。

その後、先輩と別れ、第一幕の打ち上げという事で、恵比寿まで歩いて、でラーメンを喰らい、ホルモンをくらい、ビルの屋上で寝ながらみんなで歌いました 笑

明け方に、若干のマジメモードで今後の展望についてブレストした。

やはり根本は「議論してものをつくる」という場を設計して行きたいというのが僕の一番の目標だ。

今は三人がブログ上で意見を言い合うと言う形式を取っているが、実際に多くの人の参加を許容するものを作りたい。10月以降に徐々に実践して行くことを決めた。

2007年9月14日金曜日

自然に 自分のスタンスで

今日この夏はじめたプロジェクトの第一部が幕を閉じる。
(各種作業は残っているがイベントとしては最後)

ただ、これはスタートであって全く完了していない。

インタビューを通じてかなり多くのものを受け取った僕らは、これからそれを自分の中で消化することが必要である。ベンチャー企業社長、区議会議員、ファシリティーマネージャー、建築家、デザイナー、写真家。本当に多種多様な方にお話を聞いてきた事で、多くの視点を得たような気がする。

まだ確固たるものは無いが、そんなものは今有ったら嘘だと思うし、これからの楽しみも無くなるだろう。


先輩の学生時代のブログを見ていると、本当に時間をどうやりくりしているのかと思うことをいくつもやっていた。それに比べて自分はと言うと、外面はよく振る舞っているかもしれないし、みなから頑張ってると言われるかもしれないが、実際はまだまだ余裕が有る。それなのに忙しく振る舞う自分。本当に弱いな。それで、まだまだしたいことがあるとかいってる。

もうそういう生き方はやめよう。

自分の幸せも大きな声で語れない自分。もっと鍛えるべきだ。もっともっと。

今KINGの会期中だが、自分は実は去年KINGの選考に落ちている。
自分からみんなに話す事はあまりしてこなかった。
だってかっこわるいから。

それでいて、一年次の内定とか、社長に会いにいっただとか、建築が忙しいだとか。
今の自分のすべてを知っている人がもし僕以外にいたらホントにかっこ悪いと思うだろう。
だって俺がそう思うから。

もう上っ面で生きるのはやめよっと!

一年の時にお話を伺った社長に言われた言葉はその頃からずっと大切にしているんだけど、最近忘れていたかも。

「自然に 自分のスタンスで」

2007年9月12日水曜日

ばかなおれ

自分どんだけ強がってたんだっ今頃分かった。

一年の頃から就活イベントとか見ながら、なんでみんな3年夏にはじめるんだろうって、どうせ悩んでるのは今まで何も考えて来なかったからだろって、上からものを見る様になっていた。

一年の時にワークスで内定が出た時に少しその過信はくじかれたはずだった。

内定したとはいえ、周りの人の方が遥かに優秀だったし、自分は完全に本気でやりきれたかって言うと、答えはNOだったし。

それでも、また2年とかでベンチャーで働き始めて、そういうことを言うだけで、みなそれをすごいと言う。

だから天狗になっている部分もある。

昨日ヒルズのある企業のインターンが終わったのだが、そこで完全に今までの自身なんてちんけな過信だったって知った。

何も分からない自分、そんなはずじゃと思っても現実は一気に変わる事はない。

建築学科の友人とプロジェクトをはじめ、一月から働いてるベンチャーでは大きなプロジェクトをまかされ、さらに、違うプロジェクトも進みそうという、本当にイケイケの状態だったが、ここで一回落ち着きたい。


自分の小ささ。

視野の狭さ。

考えの浅はかさ。


ほんと馬鹿だ俺。

尊敬する先輩にも「社会はそんなに甘くない」って言われたけど、

そんなのは社会に出た人の凝り固まった考えだとさえ考えてしまっていた。


もっと冷静に自分の場所を見る。

もっと謙虚に話を聞く。

もっともっと


21歳になるこの日に、自分を戒める意味でも、鼓舞する意味でも、明るい未来をつくるためにも、ここでひとつ止まって良かったと思う。

昨日のインターンのみんな。先輩、同輩のみんな。本当にありがとう。

2007年7月22日日曜日

行動的フラクタル

自分の行動を分析すると、面白いフラクタルな状況が生まれていることに気がついた。

フラクタルとは、全体とその部分が相似形になっていることを言う。(詳しくはコチラ

どうなっているかと言うと、

一年のうち、学期中は大学、長期休暇はビジネスをしたり、考えたりする事が主。

もう少しミクロになると一週間のうち6日は大学に行ってほぼ設計をして、1日はベンチャー企業で働く。

そして、基本的に毎日朝の1時間半をビジネスへの興味が共通点の友人とあってお互い勉強。

とまあ、8;2とか7;3の状況がミクロマクロどの状況でも建築:ビジネス

みたいになっている。

これは自分としてはとても興味深かった。

多分、ミクロでもマクロでもパラダイムを変える事で、全体へ影響して行くんだろうと感じる。

”空”(くう)

しばらく更新を怠っていました。

今日は夕方よりプライオリティーハイの予定を入れていたのですが、ドタキャンとなった。

そうすると、”空”(くう)の時間がぽっかりできた。

「おう。」

なんか最近は、予定がある以外全てを設計の課題に費やしてきたので、こんな”空”の時間を過ごす事がなかったが、自分を整理し、見つめ直すのに良い時間だ。


まぁ根本的な問いである「自分は何なのか」というものに向かいつつも、目の前のやることを整理。

夏休みも軽く一望してみたが、意外と余裕がある。といってもサマーインターンとか㊙プロジェクト、今やってるインターンを埋まって行くのだが。


さて。冒頭の”空”の時間について考えたい。


そもそも”空”って「むなしい」って書くから、マイナスイメージがあるかもしれないが、建築では「空間」というスーパーな言葉(あえて言及せず特別視だけしておく)に使われている様に、必ずしもマイナスではない。

周りに何も無く、することも決まっていない状態は、一見非効率に見えるが、その前後の物事や、普段考えれない事、見て見ぬ振りをしているものを見直す時間になる。

今の自分の時間のポートフォリオ的に、ベースに建築があって、その他の事でその時に必要と感じるものを、そのベースの上に乗せている。そうではなく、ベースの勉強も1つの有限なものと見なす事で今回のような時間的な”空”をつくりだすことも必要な気がしてきた。

クリエイティブな思考は往々にしてこういう時にできるようである。

のってきたので、次々エントリーを書こうかな